必要十分条件になれなかった彼女の話。

２月は嫌いだ。凍てつく寒さ。受験シーズン。バレンタイン。そしてあの苦い記憶が蘇るから…

1998年の２月。高２だった僕は、同じ高校の一学年下の女の子に告白され、チョコを渡された。図書館で勉強してたとき顔見知りになったその子は、当時流行ってた「ブリリアントグリーン」のボーカルにそっくりな可愛い子。一緒に勉強してた僕の友人が彼女のことを気に入っているのは知ってたけど、若い僕はブリグリの誘惑には勝てなかった。ほどなく、僕はブリグリちゃんとお付き合いを始めた。

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お付き合いといっても、スマホはおろか、ポケベルすら持ってない時代。通信手段は、自宅の黒電話と文通。黒電話の子機での会話は、すべて母屋の親機でオカンに盗聴される劣悪な環境。なので、せいぜい図書館でたまに話す程度だった。

当時の僕は、無謀にも京大を目指す芋臭い受験生。頭の中は勉強と煩悩でいっぱい。女性の免疫がなく、何を話していいか分からない。一つ年下の彼女を前に、キョドる僕。当然会話は全く盛り上がらなかった。

そんなある日。何の話かは忘れたが、その日は珍しく会話が盛り上がった。そこで僕はつい調子に乗り、ブリグリちゃんに訳の分からないことを言ってしまったのだ。

「ブリグリちゃんは、僕と必要十分条件ってことやんね、ハハッ」

彼女の顔が一瞬曇ったのが、はっきりと分かった。

ちなみに必要十分条件とは下記。「十分⇒必要」とかって覚えた、数学のあれです。

必要条件・十分条件｜数学｜苦手解決Q&A｜進研ゼミ高校講座 (benesse.co.jp)

たしか高１で習うので、彼女も知ってるかなと思い込んで言ったんだろう。

しかし、理系志望の雑魚受験生が、一学年下の女の子（彼女は文系志望だった）に、教科書レベルの数学の知識をひけらかしてイキる。

今思い出しても恥ずかしい。自分の頭を殴りまくり、うわああああって叫びたくなる。そのまま全裸になり、自らドリル回転しつつ、マンションの4階から地面に頭から突っ込んでコンクリートをぶち破り、そのままドリルヘッドで深さ5mの穴を掘削し、犬神家のあれみたいに地表から足だけ出して生き埋めにされたくなる。

ちなみに、ブリグリちゃんとはその１週間後、念願の難波デートで約束してた映画「タイタニック」を観て、相変わらず弾まない会話の中、なんとか手を繋ごうと企むもやんわり拒否され、その二日後にあえなく振られた。お付き合いをしたのは１ヶ月弱だった気がする。彼女は必要十分条件なんかじゃなかった。僕が十分条件なだけだった。いや必要条件か、あれどっちだっけ。

後日、僕の友人（前述とは違う奴）が教えてくれた。

「そういや電車でブリグリがみんなでお前の話してたで、『あいつ全然話面白くなかった～笑』てなwww」

彼女はもちろん、わざわざ余計な情報を嬉々として伝えてきた彼にも、怒りなどは全然なかった。それよりも、自分への不甲斐なさと、三角関係になった友人への気まずさでいっぱいだった。

こんな情けない自分を変えたい。受験に向け気合を入れるという名目で、僕は頭を丸めた。というか、放課後学校で友人たちに断髪式をしてもらった。

暫く後、ブリグリちゃんと一度だけ電車で目が合った。坊主の僕を見た彼女は、まるで汚物かメデューサを見たかのように、嫌悪感丸出しで物凄い勢いで目を背けた。完全なる拒絶。まさに恥の上塗りだった。

挙句の果てに、迎えたセンター試験（当時）本番。あれだけイキッて披瀝していた「必要条件」と「十分条件」をすべて逆にしてしまい、数学1Aで前代未聞の63点。京大工学部志望を公言することすら恥ずかしくなる大失態。恥の上塗りのさらに上塗りで、全身びっしり恥でフルコーティングされ汚く黒光りしていた18歳の冬。

当然京大には落ち、浪人生活へ。数か月後、風の噂で聞いたのは、かつて三角関係でもめ、某医学部にめでたく現役合格したあの友人と、あのブリグリちゃんが、めでたくお付き合いを始めたという事実だった。

京大に入って見返してやる。そんな気力すらなかったが、浪人時代は一度もブリグリを聴いていなかった。それが功を奏したのか、必要十分条件を頭に叩き込んだおかげか、翌年めでたく京大に合格した。

その後、ブリグリちゃんのことなどすっかり忘れ、堕落した大学生活を謳歌していると、聴いたことのある歌声に出会った。

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Tommy February 6と名を変え、見た目も随分変わっていたが、はっきりあのブリグリちゃんだと分かった。医者の卵と付き合って、ずいぶんはじけたんだな。

しかし僕の心は、もう乱れなかった。

名前を変え、姿を変えることで、忌まわしい過去を忘れ去り、新たな自分へと生まれ変わる。

分かるよ、その気持ち。僕だってあの日、坊主にしたからね。きっと彼女の中でも、僕との１ヶ月弱は、消し去りたいほどの相当なトラウマだったのだろう。

僕のせいで、あんな黒歴史を背負わせてしまってごめんなさい。

ブラウン管の中でジュテームジュテームと歌う彼女に、僕は心の中で呟いた。

たしかに、彼女にとって、僕は必要十分条件ではなかった。

むしろ彼女と僕は、互いに素だった。彼女の心の集合において、僕は空集合だった。

今頃彼女は何してるんだろう。医者になった彼とは、ほどなく別れたと聞いたな。

ふと、そんなことを考えた。これだから２月は嫌なんだ。

でも僕は、ブリグリちゃんに感謝している。ブリグリちゃんは、いくつも大切なことを教えてくれたのだから。

勉強でイキるな。お前は面白くない。面白い話をせよ。坊主になるな。必要条件と十分条件を逆にするな。医者はモテる。過去は捨てていい。ジュテームジュテーム。

医者にはなれなかった。必要条件と十分条件は忘れてしまった。今でも互いに素とか空集合とかイキってスベっている。それでも僕は今でも、彼女の教えを胸に刻んでいる。

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受験生の皆さん、春はきっともうすぐです。「十分⇒必要」です。最後まであと少し、頑張って下さい。