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ぞうブロ~ぞうべいのたわごと

妄想を武器に現実と闘う、不惑のエンジニアのブログ

相手の気持ちなんて考えない。

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子供の頃、親に言われたことで、今でも心に深く刻まれていることの一つ。

それは、「自分がされて嫌なことを、人にするな」。

「相手の気持ちを考えろ」ということ。

この言葉のおかげで、自分が人様に、嫌なことをすることは減ったと思う。

いまだにゼロではないけど。まだまだ僕も未熟な人間だ。

 

しかし、この言葉には、弊害もあった。

それは、「相手に気を遣いすぎる」こと。

たとえば、自分が嫌なことを言われたりされても、

「きっと相手にも、そうする事情があるんだろう。

僕が先に、嫌なことをしてしまっていたのかな。」

などと考え、ぐっと我慢してしまう。

その結果、咄嗟に反論の言葉が出てこない。

で、時間差で

「ああ、やっぱり僕は悪くないな。なんであんなこと言われないと(されないと)いけないんだ…」と、一人悶々と悩む羽目になる。

結果、自分を曲げたことも、一度や二度ではなかった。

そうすることで、ストレスが溜まり、自信を失ってしまう。

もっとも、そのおかげで「いじられキャラ」という、時にオイシイポジションも得られたのだが。

 

残念ながら、この悪癖は、いまだに治っていない。

特にそれを痛感するのは、会社でだ。

お客様はまだいいとしても、上司、部下、同僚、関連部署、身内から言いたいことを一方的に言われ、翻弄され疲弊する。

敵は身内に潜むのは、世の常である。

調整、説得、妥協を重ね、最大公約数的な最適解を捻り出した挙句、わけの分からない結論が出ることも。

結果、「リーダーシップがない」「推進力に欠ける」というマイナス評価を与えられてしまう。

 

こんな馬鹿を積み重ね、40を過ぎて、ようやく気づいた。

たとえ会社でも、上司でも誰でも、自分の言いたいことは、はっきり主張しないといけないのだ。

相手の考えもあるが、自分にも考えはあるはずだ。

嫌われてもいい。喧嘩もやむなし。

それに、機嫌の悪い大人の顔色を伺う必要もない。

自分の機嫌は自分で取るのが大人なのだから。

 

冒頭の言葉には、前提があったのだ。

「自分の考えを持ち、主張するときはする強さを持った」上で、同時に

「相手のことも考えなさい」「自分がされて嫌なことは、人にするな」だった。

「お前のことは知らんけど、俺が嫌なことはするな」ではないのだ。

もっと早く、気づいていれば。

 

一度、勇気を出して、意見してみよう。

口下手でも不器用でもいい。あなたが嫌な思いをしていることが、相手に伝わればいい。

僕も何度かやってみたけど、例外なく、相手が驚く。「え?そうだったの?」みたいに。

本当に何も考えてないんだなと呆れるし、その怯んだ顔を見るのは、正直あまりいい気分ではない。

意見するのにも、結構なエネルギーを使う。 

 

だけど、自分を守るためには、仕方ない。

相手は自分のことなど、何も考えていないし、理解などしていない。

当然だ。人、それも会社の人間の気持ちなんて、分かるはずがないし、分かる必要もない。

仕事さえ回せばいい。金さえ稼げばいい。

そう思っている「強い」人間が出世するのが会社なのだから。

そんな人間や組織に潰されてしまうより、よっぽどマシだ。

 

こうして、これまで何を言われてもヘラヘラ苦笑いしていたおっさんは、ある日豹変し

「あいつ急にキレ出したぞ。ヤバいやつやん、関わらないでおこう」

と距離を置かれることになるのだ。

そして窓際へ。キレる中年、それもよかろう…

 

なんてことを、ぼんやり考えていました。

というのも、昨日またしても、仲の悪い上司と関連部署との板挟みに遭い、お互いの悪口をぶつけられた挙句、結局お前が悪いと言われたからです。

この部署では、日常茶飯事。はいはいまたかという感じ。

 

いつも通り、形式だけの「すみません…」を言いつつ、ささやかながら、懇切丁寧に、反論させてもらいました。

やられたら、やり返さないといけない。

でも、倍返しは我慢して、半返しくらいにとどめる。

言い足りないけど、ボロクソには言わない。

いざという時に、倍返しできるパワーを貯めておかないといけない。

それに、相手の気持ちも考えないとね。

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https://tekotoha.com/5-ways-to-think-1901