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ぞうブロ~ぞうべいのたわごと

妄想を武器に現実と闘う、不惑のエンジニアのブログ

GWは田植え。GWに海外旅行に行く人を呪ったあの頃。求む跡継ぎ問題の解決法。

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GWが終わってしまった。

9連休だったけど、子供が産まれて初めてのGWだったので、

主に、子守と、毎年恒例の実家での田植えしかしてなかった。

 

 

GWといえば、田植え。モミ撒き。

GWと言えば、うちの実家では、田植えの象徴だった。

田植え以外にも、柿など果樹の摘蕾、消毒。

第二種兼業農家だった私の実家は、とにかく農作業が忙しかった。

平日は共働きで仕事。土日は農作業。休みはない。

 

当然、GWに家族旅行など、一度も行ったことはない。

「勉強するか百姓手伝うか、どちらか選べ!」

両親の怒号を背に、私たちはそそくさと勉強部屋に避難するのだった。

とはいえ、大体は最低誰か一人が農作業の犠牲となる。

大抵は、一番大人に近い、長男の私だった。

何も知らないふりをする弟と妹。

まあそりゃそうだよな。諦めと悟りの境地で、私は両親とともに、モミ撒き機と格闘するのだった。

 

モミ撒きって?

 

田植えは機械がやるのでいいとして、その前、苗が発芽するまでの下準備だ。

 こんな機械で、

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籾撒きの巻き - さいぽんの盆栽と車の小窓

これのもっと旧式verです。

 

こんなのを(土の上にモミを撒く)

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こんなかんじで作って

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こんな感じに並べて

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こんな感じに仕上げる。

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数週間後、苗が出て、めでたく田植えができます。

 

GWに海外旅行に行く人を呪っていたあの頃。

 

一方、テレビのニュースでは、出国・帰国ラッシュを報じている。

空港にボウフラのごとく大量発生している、いかにも金持ちそうな家族連れ。

小さい子供が、インタビューを受けている。

「ハワイに行ってきました!ビーチで泳いだ!楽しかった!」

そんなクソガキの姿を見るたびに、私は思っていた。

もし戦争が起こって食糧難の時代が来ても、貴様らには一粒たりとも米を分けてやらんぞ。

当時の純粋無垢な私は、そうしてテレビ画面に爽やかな怨念を送っていたものだ。

同時に、今でも思うけど、ああいうインタビューを受けた子供たちのその後が心配だった。

私のような、農作業に忙殺される全国の少年少女たちから同様の怨念を画面越しに受けているのだから。

どうか無事であってほしいと思う。いや、思ってない。

 

だから、私はGWが嫌いだった。

また田植えや柿対応で、両親の喧嘩に巻き込まれ説教されながら、遊びもデートも旅行もできず、農作業に明け暮れる日々が始まるのか。

とにかく、憂鬱だった。一刻も早く、家を出たかった。

 

大学生になり、私は念願かなって家を出た。

そして就職し、より遠くに行った。

田植えはずっと、変わらなかったが、昔のように何日も拘束されることはなくなった。

人手の必要なモミ撒きの作業だけを、毎年手伝っていた。

 

何十年も前のポンコツモミ撒き機で作業するので、基準はまちまちだし、バラツキが生じる。

「もっと多い方がええ!」「違う、撒きすぎや!」

そんな、風物詩ともいえる毎年恒例の両親の喧嘩も、歳をとるにつれ、夫婦漫才に思えるようになった。

モミ撒き機を設計しなおして改良してやろうとも思うけど、面白いのでそのままにしておこうと思う。

 

この先、田畑をどうするべきか。まだ答えは見つからない。

同時に、私は毎年、ひそかにとても悩んでいた。

あと何年か経てば、この状況が変わってしまう。

両親もずっと、健在で農作業をし続けられるはずもないだろう。

そのとき、「これ、誰がやるの?」という問題だ。

普通に考えれば、長男の私が、引き継がなければならない。

弟も妹も、知ってか知らずか、東京に出てしまったので、大阪にいて和歌山の実家とも地理的にも近い私。

 

専業で食べていけるなら、まだいい。

しかし、今はそんな時代じゃない。日本の農業事情は大きく変わっている。担い手農家が増加する一方、私たちのような零細農家はどんどんなくなっている。

せいぜい土地の税金を払ってちょろっとお釣りがくるくらい。儲けはきっと、そこそこのアフィリエイターくらいだ。とてもそれだけでは、家族を食わせていくことはできない。

 

じゃあお前も、親と同じ第二種兼業農家になればいいじゃん。

でも、両親のように、休みを全てつぶして仕事と農作業と育児をするなんて、私にはとてもできない。

 

じゃあ、やめればいいじゃん。

田舎の田んぼや山なんて、持ってても二束三文だから、売ったらいいじゃん。

その決断も、私にはできない。

先祖代々守ってきた土地を、私の代でサボって売っ払うなんて決断は、少なくとも両親が生きている限りはできない。

化けて出られそうで困る。

 

親父がよく言っていた。

「よく、『タワケ者』っていうやろう、

あれは『田を分ける』、つまり土地や財産を簡単に売ってしまう人間のことを言うんや。お前もタワケ者にはなるな」

たわけ者(たわけもの) - 語源由来辞典

 

同時に、こうも言っていた。

「でも、農作業をやれとは言わん。お前らで好きなようにやれ」

 

親父もまた、長男だった。

亡くなった爺ちゃんも、家を継いだ。いわゆる本家だ。

普段無口な親父の言葉は、ずしっと重い。

 

両親の気持ちも、痛いほど分かる。

でも、時代は変わるし、私にも家族ができた。

だから、恥ずかしながら私にはまだそこまでの覚悟が出来ていない。

引き継ぐ覚悟も、辞める覚悟もだ。

 

決断を迫られることは、ある日突然やってくるだろう。

猶予は、長くても、あと10年くらいかもしれない。

いつまでも先延ばしにするわけにはいかない。

同じような問題で悩んでる方は、一体どうしてるんだろう?

ぜひ知りたいです。

 

点と点を線でつなぎ、新たな可能性を生み出せるかもしれない。

土地を引き継いで農作業することも、売ることもできない。

いや、もっと楽で、かつ儲かる農業はないんだろうか。

ふと私は、自分を振り返ってみた。

 

大学・大学院は工学部に進み、最先端の有機合成化学を学んだ。

薬や天然物等の全合成にも使える、クロスカップリング反応というやつだ。

院中退後、新卒でト〇タ関連企業に就職した私は、生産性を極限まで高めるTPS(Toyota Production System)を学んだ。

そして転職先では、農業機械メーカーの設計を学んでいる。

 

もしかして。

あれほど忌み嫌っていた農作業。

でも、どうやら点と点が、線につながってるようだ。

品種改良により、味やサイズを改良し作物の単価を上げ、同時に収穫までの手間を減らす。そう、ドラえもんの道具のように。

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twitter.com

同時にTPSと農業機械設計の技術を駆使し、季節昼夜問わず田畑をフル稼働させ、収穫量を極限まで高め、不良率を極限まで下げる。

 

私なら、それができるんじゃないか。

逃げてたはずの道に、こうして導かれるなんて。

人生って、なんて数奇なんだ。

自分一人で、品種改良、工程(農作業)設計、工場(田畑)カイゼン、農機設計、そして農作業まで、やってしまうなんて。

まるでアイアンマンじゃないか。カッコよすぎるな。

その暁には、zohbeyの名を柿米(カキベイ)に改名しよう。

 

…ふう。現実逃避もそこそこにしておこう。

 

おわりに。来年も無事にGWに田植えができますように。

 

モミ撒きが無事終わった後、息子と両親と嫁さんとで、近所の鯉のぼりを見てきた。

そして思った。

息子がこういう問題で困らないように、できるだけのことはしておいてあげたい。

もちろん嫁さんにも気持ちよく理解や協力をしてもらうようにするのは当然だ。

同時に、両親の気持ちに応えられるようにもしたい。

きっと何か、方法があるはずだ。

そんなことを考えながら、今年もGWは終わってしまった。f:id:elep-peace:20180507021701j:plain

 

とにもかくにも、今年のGWは終わってしまった。

ジメジメした梅雨、クソ暑い初夏。

田の消毒、柿の摘花・消毒をこなせば、ようやく盆休みに辿り着く。

田舎の実家では、お盆もまた、結構忙しい。

稲刈りと、柿の収穫を終えたら、次は正月だ。

 

来年のGWまで、あと一年もある。

来年も無事、GWを家族みんなで田植えしながら迎えられるだろうか。

少なくとも、仕事でやらかして、毎日がGWにならないことを祈るばかりだ。

 

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