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ぞうブロ~ぞうべいのたわごと

妄想を武器に現実と闘う、不惑のエンジニアのブログ

20年ぶりの心療内科。

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最近仕事と実家関係のストレスがひどい。元々の偏頭痛に加え胃痛が暴れ出し、ロマサガRSをプレイしてるとき以外は気分が落ち込む。朝が来るのが嫌で、もしくはゲームのしすぎで、夜も眠れない。午前4時のロマサガRSの更新を見るのが日課に。幸いなことに朝は仕事と子供が叩き起こしてくれる。必然、寝不足になる。

このままだとやばい。そんなわけで、20年ぶりに心療内科にやって来たのだ。

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20年前、僕は受験生だった。

鬱は甘え。そう信じて疑わなかった。柔道を10年以上続けて鍛えた心身には自信があった。やる気に満ち溢れ、何事も気合いで何とかなるんだと思い込んでいた。

そんな自分が、まさか鬱になるなんて。原因は、受験と人間関係のストレスだった。センター試験数週間前に感じた猛烈な胸の痛みをきっかけに、脳みそを何重にもオブラートで包まれ、常に圧迫されてる感覚が取れない。感情が無くなる。頭がぼーっとして問題文すら理解できない。元々の頭の悪さも相まってセンター試験で大失敗。浪人が決定した頃だった。

下された診断は、抑うつ病。自分は鬱病の惨めな浪人生。旺盛な性浴すら消えてしまった。19歳の芋男子には受け入れ難い現実。2週間に一度、淀屋橋のクリニックに通うことに。世間話を聞いてもらいつつ、不眠と気分を落ち着かせる薬を飲み続ける日々が1年間続いた。

正直、治ってる実感は全くなかった。覚えてるのは、待合室で流れてた優しいオルゴールの音色と、同じ患者さん達が苦しい気持ちを吐き出してたノート。僕もそこに、よく苦悩ポエムを書いていた。みんな一見普通に見えるけど、薄皮一枚めくった心の中には、こんなにも闇を抱えているのかと驚いた。そこには医学部を目指し4浪してる女性もいた。会ったことはなかったけど、とても字が綺麗で、同じ鬱で苦しむ受験生がいるのは、励みになった。あの子は今、どうしてるんだろうか。良いお医者さんになっていると信じている。

浪人させてもらってる以上、勉強しないといけない。また落ちて、鬱を言い訳にするのが嫌でたまらなかった。リベンジしたい意地も残っていた。だから勉強は頑張った。副作用の睡魔により自習室で爆睡し、いびきがうるさいと叩き出されたりしつつも、なんとか大学に合格した。

しかしその代償は大きかった。抑うつ病も脳みそオブラートの感覚も、偏頭痛も治っていなかった。念願のキャンパスライフ、一人暮らし。そのはずが、大学一年目はほとんど部屋から出られなかった。廃人のようにゲームをし続ける日々。当然単位を落としまくった。

浪人は仕方ないが、留年はダメだ。その一心で、友人にも助けられ巻き返し、時間の流れが緩やかな京都の街にも癒され、何とか留年は免れた。しかし奇跡的に合格した大学院での研究室で、鬱が再発して中退。浪人時代のクリニックに行くと、久しぶりだね、宗教には気をつけてと謎アドバイスを送られた。

ああ、もうダメだ。誰も理解してくれる人はいない。一生このまま、この暗闇からは出られないんだ。そんな絶望感を味わったことを覚えている。 

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結局、気分が徐々に変わったのは、縁とゆかりは勿論、興味も関心もない、愛知県の某自動車部品メーカーに就職した時。全く環境が変わり、陽気なバングラデシュ人と一緒に夜勤のライン工をしたりした。ようやく社会人になり、経済的に自立できたのも大きかった。

そして、偏頭痛にも慣れてきた。この先も完治はしないけど、うまく付き合っていくことはできるよ。そうクリニックのお医者さんに言われたのも大きかった。あとは卒業(中退)旅行で訪れたタイで恋をしたことも大きかった。というかそれが一番だった。

他の世界、他の人達を知るにつれ、自分には暗闇しかないという思い込みは、消えていった。自分の中に無かった答えは、外に沢山転がっていた。自分で自分を勝手に暗闇に閉じ込めていただけだと気付けた。

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https://spin-project.org/projects/32

 

それから十数年。僕はまた、心療内科にやってきた。

以前のように、暗闇でもがいている訳でもない。家族も友人もいるし、職もある。だからこそ、当時のようにボロボロに壊れてしまう前に、診てもらおうと思ったのだ。鬱の診断書をもらえれば、補償を貰いつつ会社を休めるかもしれない。そんな大人の(悪)知恵も働くようになった。

20年前と一番違うのは、自身のメンタルの変化だ。

現実と折り合いをつけ、不完全を認める。時には諦め、目を瞑る。理不尽をうまくやり過ごす。他人には期待しないが、軽蔑もしない。他人を許し、自分も許す。悪い所よりも、良い所を見る。逃げる事は恥ではない。人生意外と何とかなる。世の中に絶対はない。死ぬこと以外は。

おっさんになる過程で、僕にはそんな知恵がついていった。それが進化か退化かは分からない。しかし確実なのは、その知恵が自分や大切な人たちを、鬱の魔の手から守ってくれるということだ。

 

初めて訪れた近所の心療内科は、人混みでごった返していた。メンタルを病んでる人がこんなにもいるのか。20年が経っても一緒なんだなと感じた。隣のおばあさんがずっと大きな声で世間話をしている。診察室の中から、おじいさんが怒りながら自分の悩みをぶちまける声が響いてくる。歳をとると、苦が大きくなるんや。母がよく言ってた言葉をふと思い出した。みんな、せめて聞いてほしいんだよね。でもここは相談所ではなく病院なんだ。心療内科の医者の先生は患者の人生の悩みまでも解決してくれない。期待してはいけない。これも20年前に学んだことだ。

 

いざ診察。症状を伝える。背景の話はできるだけシンプルに。診断結果は、「鬱(うつ状態)」だった。眠れる薬と不安を和らげる薬をゲット。万が一のためついでに診断書もゲット。診断書には、「1ヶ月程度の休養を要する」と書いてあった。

でも驚きも落胆も、恥ずかしさもない。まあそりゃ調子が悪かったからね。病名なんて何とでも言えるしね。でも20年前のあの頃よりは全然マシだ。ていうかこの世知辛い社会で、心に鬱を持たない人なんているんだろうか。

いざという時は、この印籠を会社や実家に叩きつけて、一時退避できる。実際休むかどうかは別として、そんな逃げ道を合法的に手に入れた事実だけで、気持ちが少し楽になった。

うつは心の風邪とは、よく言ったものだと思う。風邪を治すために適切な治療や休養は必要だ。だけどそれを言い訳にはしたくない。誰でも風邪くらい引くものだし。

 

結局、20年前、いやその前から変わらないのは、大切なのは気合いだということだ。診断書のおかげで、いざとなれば逃げられる、その保険はとてもありがたい。だけどその印籠を振りかざし、有難い逃げ道に甘える前に、もう少し頑張ろう。会社で闘い、実家と向き合おうと思います。

鬱が何だ。ストレスが何だ。みんな何かしら問題を抱えつつ、必死で頑張っているんだ。それに自分は一人じゃないんだ。父ちゃんは稼がないといけないんだ。闘わなきゃ現実と。気合いだ気合いだ気合いだっ!!

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https://www.esquire.com/jp/entertainment/a33567979/video-lion-vs-elephant-20200812/

診察の待ち時間が長すぎたおかげで、このクソ記事を書けました。何よりそれが一番感謝です。作戦名はいのちだいじにで、ぼちぼち頑張ります。

読んでくださりありがとうございました。皆様もどうぞご安全に。