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ぞうブロ~ぞうべいのたわごと

妄想を武器に現実と闘う、不惑のエンジニアのブログ

義理のお母さんが初めて見送りに来てくれた。

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今日、嫁さん息子を義理の実家に預けてきた。

私が義実家に行くのは、一年以上ぶりだった。

結納翌日に婚約解消。からの復縁婚。

お宮参りでのバトル。

その他諸々のすれ違い。

www.elep-peace.com

 

過去の数々のトラウマが、私を義実家から遠ざけていた。

今年の正月、私はついに義実家には行かなかった。

無礼は承知だったけど、どうしても行く気にはなれなかった。

 

 

嫁さんは何も言わなかった。来なくて良いと思われているのか。

お宮参りのときのように、また揉めて板挟みになるのがしんどいからなのか。

理由は分からなかった。

 

それから、私と嫁さんは激しめの喧嘩をした。

発端は、義実家の揉め事の蒸し返しだった。

今までも、大きな喧嘩をするときは、必ずお互いの実家の件が絡んでいた。

 

なぜ、こんなに分かりあえないのだろう。

このままでは、お家問題を解決できずに、離婚だ。

一歳の息子が寝静まった夜、私達は、長い時間、話し合った。

私自身にも、義理の親にも、そして嫁さんにも、たくさんの誤解や思い込みがあった。

中でも一番のすれ違いは、手弁当事件だった。

 

お宮参り問題のあと、嫁子供を預けに義実家に行ったとき、義理のお母さんは、手弁当を持たせてくれた。

唐揚げと炊き込みご飯。

しかし箸が入っていなかった。忙しく忘れてしまったのだろう。

しかし当時の私には、そう思えなかった。

わざと箸を入れなかったのか。何をされても、そうにしか受け取れなかった。

 

しかし、義理の親が持たせてくれた手弁当を食べずに捨てるなんてことは、どうしてもできなかった。

帰りの近鉄特急の中でひとり、私はその弁当を手で食べた。

とても美味しかった。

 

しかし、嫁さんは、私がその手弁当を捨てたと思ってたらしい。

箸が入ってなかったよと、嫁さんに言ってたからなのか。

自分の親が土産に持たせた手弁当を捨てるなんて。

そんなひどいことをされたら、私が嫁の立場でも、不信感を持つ。許せない。

大きな大きな誤解が、あったのだ。

 

長い話し合いの末、その誤解を解くことができた。

だけど、義実家に行くのは、まだ気が重かった。

 

そんなある日、私達は映画「アルマゲドン」を観た。

ブルースウィリスが、娘の婚約者の身代わりになり、最期に娘にメッセージを送る場面。

普段あまり涙を見せない嫁さんが、泣いていた。

 

そのとき私は、嫁さんのお義父さんを思い出した。

いつも温厚でニコニコしてる優しいお義父さん。そんなお義父さんが大好きな嫁。

きっと父と娘にしか分からない会話、気遣いが、あるだろう。

 

普段なかなか帰れない実家。

嫁子供二人では帰るけど、きっと私も含め、家族揃って、実家の両親と団欒したいだろう。

だけど彼女は、そんな心を押し殺しているに違いない。

 

私はそのとき、嫁の実家に行こうと決めた。

 

そしてやってきた、岐阜県の片田舎。

相変わらずパワフルなお義母さんが、迎えてくれた。

何を話そうかな。

そんないじけた気持ちは、義母さんの歯に衣着せぬマシンガントーク、

縦横無尽に動き回り愛想を振りまく息子の大活躍で、瞬時にかき消された。

 

あいにくお義父さんは忙しくて不在だったけど、

ワザと避けられてるとか、そんな馬鹿な邪推をする私では、もはやなかった。

お義父さんは私のためにビールを用意してくれていた。

そして昼飯には、うな重がでてきた。

 

ダイエット中だったのもあるけど、そのうな重とビールは、空きっ腹と乾いた心に、沁み渡った。

 

子は鎹。その言葉の意味は、私が思っている以上に、重かった。

みんながこの子を可愛がってくれる。

暴れまわる息子を前にして、もはや瑣末なことなどどうでもよくなる。

気にすら暇すらなかった。

子供が大人をくっつける力は、物凄いのだ。

 

家族三人で、散歩に出かけた。

かつては憂鬱に見えていた揖斐川が、最高のランニングコースに見えた。

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温かい団欒をさせてもらい、私が帰ろうとすると、お義母さんは私を駅まで送ってくれると言い出した。

初めて挨拶に行ってから10年になるけど、初めてのことだ。

 

最寄りの小さな無人駅。

お義母さんと嫁さん、それに息子が、満面の笑顔で、私を見送ってくれた。

 

ああ、これが、私が心から望んでいた景色なんだ。

ワンマン電車の中で、私は一人、胸がいっぱいになっていた。 

 

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誤解し、曲解し、勝手に苦手意識を持っていたのは、自分だったのだ。

その不信感が相手に伝わっていた。そう気づいた。

周りから見ても大したことじゃないだろうし、時間はかかったけど、

自分にとっては、大きな一歩を踏み出すことが出来て、よかった。

 

そして帰りの近鉄電車。

あの日、手で食べた手弁当の味を、思い出した。

 

そして、終点である、欲望の街・難波に着いた。

いつもなら、束の間の独身生活!と、アルコールとラーメンを飲み食いしまくり、桃色エリアに吸い込まれていっただろう。

 

しかし今日の私は違った。

恨めしそうに難波をぐるぐる歩いた後、帰路に着いた。そして水をたらふく飲んだ。

嫁さんやお義母さんとの、ダイエットの約束を果たすために。 

何より、昼のうな重と、あの日の手弁当の想い出で、お腹がいっぱいだった。

ありがとう。お義母さん嫁さん息子。少しの力をもらえました。ダイエット頑張ります。

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